• Top
  • blog
  • SHOPブログトップ

Cafe sui 水

<<前へ

記憶。

投稿日時:2020/05/24(日) 23:44

 昔の話。
 学生時代の国語のテストでとある小説が出題された。
 その時出た問題なんか疾うの昔に忘れてしまったけれど。タイトル名と作者名はしっかりと覚えている。

 「同じということ、違うということ」 作者は落合恵子。

 落合恵子の本は本屋さんで何冊か見かけたことがある、しかし廃盤本も多いのか新刊で出回っているものは余りに少ない気がする。
 田舎の小さな本屋を探したり、駅前の古本屋を探したりしてみたけど、見つけることはできなかった。

 あれからかなりの時間が経ちまして。
 ふと思い出したのでネットで検索してみたら。
 まさかの該当する記事が2件見つかった。

 1つは出典元?である出版社の記事。
 平成5年の教科書に載ったらしい。
 これしか出典元が出てこないということは、まさか書下ろし?
 調べてみると、教科書への書下ろし作品というのは実際にあるらしい。

 もう1つは、ブログの記事に全文掲載されていた。
 第六課 同じということ違うということ
 読み進めると、日本語講座? か何かのコンテンツ?
 別の記事には注釈もあったりした。
 第六課 の注釈

 改めて読み直してみた。
 ずっと小説だと思っていたけど、これはエッセイなのかな?
 中間的な感じの、忘れてた遠い昔の恋愛物の話でした。

記憶。

投稿日時:2020/05/24(日) 23:44

 昔の話。
 学生時代の国語のテストでとある小説が出題された。
 その時出た問題なんか疾うの昔に忘れてしまったけれど。タイトル名と作者名はしっかりと覚えている。

 「同じということ、違うということ」 作者は落合恵子。

 落合恵子の本は本屋さんで何冊か見かけたことがある、しかし廃盤本も多いのか新刊で出回っているものは余りに少ない気がする。
 田舎の小さな本屋を探したり、駅前の古本屋を探したりしてみたけど、見つけることはできなかった。

 あれからかなりの時間が経ちまして。
 ふと思い出したのでネットで検索してみたら。
 まさかの該当する記事が2件見つかった。

 1つは出典元?である出版社の記事。
 平成5年の教科書に載ったらしい。
 これしか出典元が出てこないということは、まさか書下ろし?
 調べてみると、教科書への書下ろし作品というのは実際にあるらしい。

 もう1つは、ブログの記事に全文掲載されていた。
 第六課 同じということ違うということ
 読み進めると、日本語講座? か何かのコンテンツ?
 別の記事には注釈もあったりした。
 第六課 の注釈

 改めて読み直してみた。
 ずっと小説だと思っていたけど、これはエッセイなのかな?
 中間的な感じの、忘れてた遠い昔の恋愛物の話でした。

誤解。

投稿日時:2020/05/09(土) 02:32

 みんな勘違いしている。

 「物持ちが良いね」とよく言われるんだけど、自分はそんな丁寧に使ってなんかいない。
 「壊れないからそのまま使っている」という表現が正しいのかもしれない。

 新しいものには興味があります。
 でも先立つものが無いのでそうそう買えるものでもないのです。

 「半ば必要に迫られて買ったもの」を、ずっと使っているだけなんです。
 おそらく壊れたらさっさと買い替えるのかもしれない。

 でも何故かなかなか壊れない。
 なので、PCマウスも20年近く使っているんです。
 まぁ有線でちょっと困ることが有ったりしたので無線マウスは買ったけど、何か必要な時に使っている感じ。

 自分は案外飽きっぽい性格だと思っているんだけど、周りから見たら案外そんな事は無いのかもしれないな。

誤解。

投稿日時:2020/05/09(土) 02:32

 みんな勘違いしている。

 「物持ちが良いね」とよく言われるんだけど、自分はそんな丁寧に使ってなんかいない。
 「壊れないからそのまま使っている」という表現が正しいのかもしれない。

 新しいものには興味があります。
 でも先立つものが無いのでそうそう買えるものでもないのです。

 「半ば必要に迫られて買ったもの」を、ずっと使っているだけなんです。
 おそらく壊れたらさっさと買い替えるのかもしれない。

 でも何故かなかなか壊れない。
 なので、PCマウスも20年近く使っているんです。
 まぁ有線でちょっと困ることが有ったりしたので無線マウスは買ったけど、何か必要な時に使っている感じ。

 自分は案外飽きっぽい性格だと思っているんだけど、周りから見たら案外そんな事は無いのかもしれないな。

抗弁。

投稿日時:2020/05/05(火) 00:09

 死人に口なし。


 世間では意味間違えて解釈して使っている人が多いみたいだけど。
 此処でも少し取り違えて使わせてもらう。

 何故死んでしまったの? と、今更聞いた所で、本人が教えてくれることはないんです。
 多少ならず霊感でもあれば聞こえてくるのかもしれないんだけど、私にはその才は無いようです。
 まさに「死人に口なし」です。

 原因は…多少ならずとも知っています。
 どのようにして…それもまた何となくで分かっていたりします。 
 前兆とか、いろんな情報は耳に入ってきていたんです。
 でも察しの悪い私は、その当時何にもできなくって、今頃になって思い出してしまったりしています。

 私は何か出来なかったのか。

 多分私が何か一言、二言、ましてや三言行ったとしても、何も結果は変わらなかったはず。
 結局は当の本人が決めた事で。外野がワーワー言ったとしても、相手の耳には入らなかったでしょう。

 仮にもし理由が分かったとして、周りの人は「そんなことで…」とか言うんでしょう。
 でもよく考えて。
 その理由ってのは「当の本人が、生きていくのには余りに辛すぎる理由」だったのではないかと。

 本人が決めた判断なんです。
 誰もそのことを責めるようなことはできません。
 言い方きついけど、本人はそれで「楽になった」んでしょう。

 来世が有るとか無いとか言うけれど、せめて来世では、この現世で苦しかった事とは無縁で、平和で穏やかな日々が過ごせている事を、心から願いたい。


 20年近く前に亡くなった後輩の事をふと思い出したので、愚痴も含みつつ書かせてもらいました。
«前へ
このエントリーをはてなブックマークに追加